監修:若林健史
医療法人社団真健会理事長/歯学博士
日本歯周病学会理事・専門医・指導医、日本臨床歯周病学会・認定医・指導医、日本大学客員教授、日大松戸歯学部歯周治療科非常勤講師。歯周病治療の第一人者。歯科医療に対するいっそうの信頼の確保と、学術的な前進にも貢献している。
妊娠すると、口内炎や歯肉炎などの口内トラブルが増えるのはなぜでしょうか。ここでは、その原因を詳しく解説します。
妊娠すると女性ホルモンが急激に増加します。このことは、口内環境にも大きな影響を与えます。
まず、歯周病原性細菌が増殖しやすくなります。歯周病の原因になる細菌は、女性ホルモンが大好物。菌の働きが活発になり、歯肉炎が起こりやすくなります。また、唾液の分泌が減って粘り気が高まることで、口内の自浄作用が低下。細菌の活動が活発化して歯垢(プラーク)が付きやすくなり、むし歯の原因になるのです。
さらに、妊娠すると免疫力が低下します。これは、免疫細胞が赤ちゃんを異物とみなして攻撃しないようにするためです。免疫力の低下によっても歯肉炎が起こったり、口内炎になったりすることがあります。
このように、妊娠による女性ホルモンの増加は、口内環境を大きく変えてしまうのです。
妊娠中の口内トラブルを防ぐためには、セルフケアが重要です。しかし、つわりや食生活の変化によりケアが難しくなることがあります。
つわりの症状があるとき、歯ブラシを口に入れると気持ち悪くなる方は少なくありません。また、歯磨き粉の味や香りが吐き気を誘発する場合もあるようです。その結果、歯磨きがおろそかになり、口内が不衛生になります。つわりで吐くときに出る胃酸で口内が酸性に傾き、歯の表面のエナメル質が溶けてむし歯につながることもあります。
妊娠初期は、つわりで思うように食事が摂れなかった方も、多くは妊娠中期につわりから解放されます。食欲が戻り、その反動で食べ過ぎたり、好みが変化して甘いものが食べたくなったりする人もいるでしょう。間食やだらだら食べ、甘いものはむし歯や歯周病の原因になるため、注意が必要です。
また、妊娠後期になると、胃が圧迫されて一度にたくさん食べられなくなることがあります。食事の回数が増えて時間も不規則になるため、食後のこまめな歯磨きが面倒になりがちです。
このように、つわりや妊娠中の食生活の変化によっても、口内トラブルが引き起こされることがあります。
ここでは、妊娠中に起こりやすい口の中の症状を解説します。
先に解説したとおり、唾液の量の低下、不規則な食事、つわりで歯磨きがしづらくなるなど、さまざまな要因で口内環境が悪化します。この結果、口の中に歯垢がたまり、むし歯の原因になります。
歯肉炎は、軽度の歯周病です。歯茎が腫れたり、食べ物や歯ブラシが歯茎に触れたときに出血したりしやすくなります。むし歯と同様の原因のほかに、免疫力の低下も要因となります。症状が進行すると、歯垢が歯石に変わり、歯周病原菌が歯を支える歯槽骨を溶かします。そして歯肉が下がる、歯がグラグラする、抜けるなどの重度な歯周炎へと進行するのです。
エプーリスは、歯茎にできる良性の腫れものです。歯垢や歯石の刺激、女性ホルモンの増加などが原因で、主に歯間の歯茎が腫れ、痛みや出血を伴う場合があります。通常、出産後はホルモンバランスの正常化とともに消えていきます。
歯茎や頬の内側の粘膜など、口腔内に生じる炎症が口内炎です。唇の両端(口角)に生じる炎症は口角炎と呼びます。妊娠との関連性は不明ですが、妊娠中にできやすくなるといわれています。栄養バランスの偏りや、血中の鉄分の減少が原因と考えられています。
妊娠によって唾液の分泌が低下し、細菌の働きが抑えられなくなり臭いが強くなる場合があります。
妊娠歯周病菌の一つ「プレボテラ・インターメディア(Prevotella intermedia)」は、女性ホルモンのエストロゲン、プロゲステロンによって発育します。女性ホルモンの分泌が活発な妊娠時に爆発的に増殖、強い口臭の原因になることがあります。
さらに、つわりによる嘔吐で胃酸が逆流し、口臭が生じる場合もあります。
舌の表面に地図状の斑紋が見られる症状。痛みなどの症状はほとんどないものの、ひりひりしたり、舌がしみたりする違和感がある場合もあるようです。発症の原因は不明ですが、生活や食習慣の変化、ストレスなどの影響で起きると考えられています。
妊娠中の口内トラブルには、どのようなケアや食生活が効果的なのでしょうか。ここからは、口内トラブルの対処法について解説します。
妊娠中はむし歯や歯肉炎になりやすいため、食後の歯磨きや口をゆすぐ、すすぐといったうがいをこまめにしましょう。洗面所だけではなくキッチンなどにもケア用品を置いておくと、気分が良いときに、すぐ歯磨きやうがいができます。
歯磨きの際は、唾液がのどに流れないよう下を向いて磨き、こまめに吐きだすと、不快感を軽減できる場合があります。歯磨きが難しい場合は、代わりにうがいをしましょう。
また、つわりのときは、ヘッドが小さめの歯ブラシをおすすめします。香りの少ない歯磨き粉にしたり、歯磨き粉を付けないで磨いたりするのも効果的です。
歯ブラシを口に入れるのがつらいときは、歯間ブラシやデンタルフロスを試してみましょう。また、洗口液などを活用すると口内を清潔に保てます。そのほか、歯磨きタブレットやキシリトール配合のガムを食後に食べると、唾液の分泌量が増え、口内環境の健康保持に役立ちます。
糖分の多い食品や、炭酸飲料や柑橘類などの酸性食品をだらだら飲食しないなど、食生活での注意も大切です。そして、バランスの摂れた食事を心がけましょう。特に、歯の再石灰化を促すカルシウムやリンを含む乳製品や小魚はおすすめです。また、ビタミンA、C、Dを含む魚介類、卵、野菜なども積極的に食べましょう。
一方で口内トラブルがあるときに、辛いものや熱いもの、味の濃いものを食べると、炎症部分を刺激して痛みや腫れが増すため注意が必要です。妊娠中は妊娠前と体調も異なるため、刺激の強い食品は控えるのが賢明です。
妊娠中に、むし歯菌が胎盤を経由して胎児に届くことはありません。しかし、むし歯が重篤化すると痛みで食事がまともに取れなくなり、栄養不足になる可能性があります。
また、進行した歯周病は早産の重大な原因になることが分かっています。赤ちゃんの成長にも悪影響があり、2,500g以下の低体重児になりやすいといわれています。
むし歯菌は、唾液を介して感染します。親にむし歯があると子どもへの感染リスクが高まるため、妊娠中からむし歯予防と治療を心がけたいものです。定期的に歯科検診を受け、口の中の健康を保つようにしましょう。
妊娠中の口内環境は、さまざまな理由で悪化しがちなことがお分かりいただけたでしょうか。つわりがあるときに歯磨きをしたり、バランスの良い食事を摂ったりするのは大変です。ここでご紹介した対処法も参考に、ご自分に合ったやり方を探してみてください。セルフケアだけでは難しい場合は、早めにかかりつけの歯科医に相談しましょう。